若松孝二という男
不条理に立ち向かう、不条理の中に美しさを見出そうとする、その手段としての映画。ストーリーの巧妙さや文学的表現を目指すものではないかもしれないが、社会の不条理を分け入ったところに人間の本質が潜んでいることを、若松映画は暴いている。
その強固な姿勢は極めて無頼であり、その作品は危険で強烈なメッセージを放って、生温い私たちの社会を突き刺す。故人となった後も、「映画監督に時効なし。」という氏の言葉通り観る人を揺さぶり続けるに違いない。
「堕落論」という感覚
僕が、どうして「安吾賞」などという、立派な賞をもらえる事になったのか、見当もつかない。僕が知っているのは「堕落論」くらいなもので、坂口安吾の熱心な読者でもないし、僕自身、文学にまつわる賞を頂けるような文学的な人間でもないと思っている。
とはいえ、よくわからないながら、安吾の「堕落論」という感覚が、僕にはしっくりくるように感じる。僕は、人間なんて、そう大層なものじゃないと思っているし、映画だって、単なる僕のオモチャだと思っている。何か偉そうな理屈を並べたって、虚しいだけだし、言葉で説明できないから、僕は映像で遊ぶんだ。
「当たり前」を疑ってみる
右向け右と言われたら、左を向きたくなるし、みんなが当たり前だと思っていることにも、「ちょっと待てよ」と言いたくなる。自分の頭で考える。僕の頭では、そう難しい事は考えられなくても、それでも考えてみる。
そうやって考えていると、目の前に見えている風景が、本当は違うんじゃないかとか、みんな自分が生きていると思ってるけど実は死んでいるんじゃないかとか、そんな不思議な考えが次々と思い浮かんでくるのだ。 そんな僕に、安吾賞を下さるという事も、不思議といえば不思議な事だけれど、「堕落論」なんていう事を考えて戦後の世の中をあっと驚かせた安吾さんの賞を頂けることは、素直に嬉しい。皆さん、ありがとうございます。
若松孝二 (若松さんが授賞の内定を受けて新潟市に寄せたメッセージです)
1936年宮城県生まれ。1963年にピンク映画『甘い罠』で映画監督デビュー。低予算ながらも圧倒的な迫力の映像でピンク映画としては異例の集客力をみせた。以降、「ピンク映画の黒澤明」などと形容されヒット作を量産する。人間の根源的な要素であるエロスと暴力をテーマに据えた衝撃的な作風や、強度を持った豪快な演出、意表を突く設定などが特徴。
近年の作品では、連合赤軍をテーマにした作品『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』が、第58回ベルリン国際映画祭において最優秀アジア映画賞、国際芸術映画評論連盟賞を受賞。『キャタピラー』では、主演の寺島しのぶさんが第60回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞。『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』が第65回カンヌ国際映画祭に、最新作『千年の愉楽』が第69回ヴェネツィア国際映画祭に正式招待され、世界三大映画祭を制覇。2012年10月17日、交通事故により急逝。享年76。