文化財センター学芸員コラム

最終更新日:2020年7月15日

当センターの学芸員がリレー方式で考古学や民俗学に関するトピックをお届けします。

いまはバイパス:大沢谷内遺跡【7月15日更新】

大沢谷内遺跡の空中撮影写真

2020年3月22日に一般国道403号小須戸田上バイパスの最終区間が供用開始となり、新潟市と田上町がつながりました。この整備に先立ち、新潟市の施工区間ではおよそ10年に渡り大沢谷内遺跡の発掘調査が行われました。今、なにげなく利用している道路の下は遺跡だったということです。
2005年度から断続的に発掘調査を行い、縄文時代からのアスファルトの利用を示す遺物や、飛鳥時代の律令祭祀に関する遺物、古代・中世の畑や水田などが見つかりました。
写真は、バイパスと鎌倉新田の市道との交差点北側を調査した2008年度のものです(田上町側から新潟市側を望む)。

おしゃれな火鉢の物語 その1【6月24日】

火鉢の写真1

火鉢の写真2

写真は江戸時代末から明治時代の初めころの焼き物の火鉢です。秋葉区の細池寺道上遺跡で同じ穴に捨てられていました。形はどちらも中国の銅製品を手本にしており、一対の獅子頭が貼り付けられるものですが、1は薄手でシャープな作りで、松や建物のある風景が細密に表現されているのに対し、2は分厚く、口辺は大振りな花の文様、体部は鋸歯形の文様でうめつくされた上に、ひらひらした形に細かい筋が目立つ飾りが貼り付けられ、全く違うもののようです。最近、同様のものが江南区の遺跡でもやはり同じ穴から出土し、2種類もつことに何か意味があった可能性もでてきました。

完全な形の土器【6月10日更新】

縄文土器の同一個体破片(約400点)

復元された縄文土器

小学生のころ博物館に展示されている縄文土器は全て完全な形をしているため、遺跡で出土する土器のほとんどが完全な形をしているのだと漠然と思っていました。大学生になり、縄文時代の遺跡で初めて発掘した土器破片の1つ1つが細かいのにびっくりした思い出があります。
現在、仕事として遺跡の発掘調査に携わって、1年間で完全な形の土器に出くわすのは1個あるかないかです。遺跡調査が終わり、整理作業時間の大半を土器接合に費やします。土器の接合の1例ですが、1点の土器を組み立てるのに寄せ集めた破片数が約400もありました。接着剤を使い、欠けて見つからない部分にセメントを入れて充填し、復元するまでベテランの職員でもおよそ1か月近くかかります。文化財センターに展示されている完全な形の土器も相当な時間をかけた賜物です。皆さんが、各地の博物館などの展示施設で完全な形の土器をご覧になるとき、どのように土器を復元しているのかなど別の視点で鑑賞されるとおもしろいかもしれません。

発掘調査と雨【6月3日更新】

排水溝を巡らせ、シートで覆われた発掘調査現場

雨の多い季節になってきました。新潟市の遺跡発掘調査現場では、通常、地面に水たまりが多くできるような雨が降ると作業を中止しています。時間に追われる中で、「雨でも作業したら早く進むのでは?」と質問を受けることがあります。発掘調査では、地中に埋もれた住居跡などの痕跡(遺構と呼びます)を人の手で掘り起こし、写真や図面に記録していきますが、雨の中で作業すると人の足跡などで遺跡の地面を傷めてしまい、十分な記録ができません。また、一度傷めてしまうと復旧に多くの労力が必要となり、結果的に作業の遅れに繋がります。このため、シートで遺跡の面を保護し、排水用の溝を掘って水中ポンプで排水するなど、雨や湧水の影響をなるべく少なくする様々な工夫をしています。

古町ルフルと漆職人【5月15日更新】

出土した漆製品

古町地区に新たな商業施設「古町ルフル」がオープンし、市役所の機能も一部移転し業務がはじまりました。この場所では、前身である大和百貨店の解体工事に伴い、2017年に市役所歴史文化課が試掘調査(遺跡があるかないかの試し掘り)を行いました。調査地からは漆がべっとりとついた茶碗や、漆を濾(こ)すためにねじった和紙がたくさん出土しました。古町通7番町は、江戸時代の地割から、漆や紙の専売を行っていた「椀店(わんだな)」と呼ばれる店がある地区だったことがわかります。調査地から見つかったのは江戸時代の漆職人が使っていた道具だったのでしょう。
出土品は9月6日まで文化財センターで展示していますので、是非見に来てください。

南区馬場屋敷遺跡の蘇民将来札 【5月1日更新】

馬場屋敷遺跡の木簡

南区の馬場屋敷遺跡からは鎌倉時代(今から約700年前)の「蘇民将来(そみんしょうらい)」と書かれたお札が何枚も出土しています。当時は疱瘡・麻疹・赤痢・インフルエンザなどが疫病として恐れられ、疫病除けのための呪い(まじない)が盛んに行われていましたが、この呪いの際に 使われたのが「蘇民将来」のお札です。
平安時代から南北朝時代の改元理由の一つとして、疫病の流行が2割から3割も占めており、天皇即位の際の改元とほぼ同じくらいの比率になっています。安倍晴明のような陰陽師が邪鬼(もののけ)を払い、病気治癒の祈祷を行っても流行が収まらなかったので、改元によって心機一転を図ろうとしたのです。
「蘇民将来」のお札は、現在も信濃国分寺など各地に残っています。6月末に行われている「茅の輪くぐり」や、各地の八坂神社(祇園社)で行われる「祇園祭」なども、元々は疫病除けとして行われていたものが変化したものです。

発掘調査ニュースも好評連載中

このページの作成担当

注目情報

魅力発信:新潟市スキマ時間の楽しみ方

開庁時間

月曜日から金曜日の午前8時30分から午後5時30分
(祝・休日、12月29日から1月3日を除く)
※部署、施設によっては、開庁・開館の日・時間が異なるところがあります。

新潟市役所コールセンター 電話:025-243-4894 午前8時から午後9時
ページ上部へ