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遺跡が語る新潟市の歴史(旧石器時代・縄文時代)

最終更新日:2014年3月1日

旧石器時代

現在よりも5℃ほど寒冷な氷河期で、人々は狩猟をなりわいとしながら移動生活を送っていました。
日本国内では、1万か所以上の旧石器時代の遺跡がみつかっていますが、新潟市では3か所が確認されています。

新潟市最初の住人

古津八幡山遺跡、草水町2丁目遺跡とケカチ堂遺跡では、20,000年前から15,000年前の人々が使った「ナイフ形石器」、「尖頭器(せんとうき)」、「石刃(せきじん)」と呼ばれる刺したり切ったりするための石器が出土しています。

縄文時代

氷河期が終わり温暖化した日本列島で土器づくりがはじまります。狩猟に加えて採集による食料の確保が盛んになりました。
次第に住居を構えて定住的な生活へと移行し、狩猟・採集生活は弥生時代が訪れるまで約1万年続きました。

新潟市域の縄文時代

新潟市内に定住的な縄文集落が現れるのは縄文時代前期初めです。縄文時代の集落のほとんどが、越後平野に面した丘陵の裾や新潟砂丘の上に立地します。砂丘の形成は越後平野に広大な沼地を発達させ、水辺と深いつながりをもった生活の背景となりました。

定住集落のなりわい

縄文時代前期の干納(かんの)遺跡と豊原(とよばら)遺跡ではクルミやドングリが、縄文時代晩期の御井戸(おいど)遺跡ではアク抜きが難しいトチの実が多量に出土しており、長期保存のできる木の実を主食としていたことがうかがえます。春から夏にはシジミ採り、イトヨ漁、磯漁、夏の後半から秋にはヒシの実採り、晩秋にはサケ漁、冬にはシカ猟を行っていました。

集落から出土する石器

集落で使われた実用的な石器の種類は、地域や時期によって異なります。
市内では網漁に用いた石錘(せきすい)が前期の遺跡から数多く出土し、中期以降は狩猟のための石鏃(せきぞく)が主体となります。
また、樹木の伐採や木製品の製作に使われた磨製石斧(ませいせきふ)は全国的にも高い割合で出土します。

第二の道具

生産用具などの日常生活に直接かかわる「第一の道具」のほかに、祭祀や呪術、装身具のような「第二の道具」が作られます。
これらの「第二の道具」は精神生活に重きをおいた縄文時代の特徴をあらわしていると言えます。

縄文土器の組み合わせ

縄文土器は煮炊きに用いる深鉢(ふかばち)を基本とします。渋くて口にできなかったドングリやトチが土器の使用によってアク抜きができるようになり、食事のメニューが飛躍的に拡大しました。
中期に入ると浅鉢が、後期になると日用品とは異なる特殊な土器が目立つようになります。

縄文時代の木の文化

御井戸遺跡では、伐採樹木や製作途中の木製品が窪地に水漬けされた姿でみつかりました。
木製容器は土器とは異なる形をしていて、この時代の木の文化を伝えてくれます。

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