水道の歴史

最終更新日:2020年6月9日

水道のなかったころ、どのようにして飲み水をもとめていたのでしょうか?

水売りの船の絵

新潟は江戸時代(えどじだい)の初めに信濃川の河口(かこう)に開けた港町(みなとまち)で水に恵まれていました。
町にはたくさんの堀(ほり)があり、この堀の水を炊事(すいじ)、洗濯(せんたく)、飲み水に使っていました。

飲み水は「水売り」から

町が大きくなり、人口(じんこう)がふえて、堀(ほり)の水が汚(よご)れて飲み水にできなくなったため、信濃川の上流(じょうりゅう)からきれいな水を船(ふね)でくんで売る人から買うようになりました。
明治(めいじ)の初めになると、さらに水質(すいしつ)が悪くなったため、船(ふね)にかんたんなろ過器(かき)をつけたろ過船(かふね)で売られるようになりました。

新潟水道の始まりは1910年、全国で19番目

新潟では1879年にコレラという伝染病(でんせんびょう)が流行したり、大きな火事(かじ)がたびたび起(お)きたことから、水道が必要だと考える人が多くなってきました。
近代水道(きんだいすいどう)は今から110年以上も前の1910年に誕生(たんじょう)しました。
日本で19番目の近代水道です。

近代(きんだい)水道の「誕生(たんじょう)」

関屋浄水所の写真 初めての関屋浄水所

水道部職員の写真 明治時代の職員

新潟水道の「発展(はってん)」

水道ができたことで新潟市は人口も増えて発展してきました。
そして、生活で使う水の量もどんどん多くなってきました。
生活に欠かせない水をたくさん作るために、給水能力の増量が5回も行われました。

阿賀野川浄水場の写真 昭和49年通水の阿賀野川浄水場

信濃川浄水場の写真 平成17年通水の信濃川浄水場

新潟水道の「現在」

水太郎クイズ第3問

新潟市の浄水場の数は

水太郎クイズのこたえ

新潟市の水道施設の図 新潟市の水道施設

7カ所の浄水場で1日に作ることのできる水の量は420,000立方(りっぽう)メートル
1立方(りっぽう)メートルは1000リッター

1日に作ることのできる水道水の量は?

水太郎クイズ4

毎日つくる水道水の量は?

水太郎クイズ4の答え

1日で作ることのできる水の量は4億2000万リットル
学校の25mプールで約1200杯分になります

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