新潟市遺跡発掘調査速報会2019を開催しました

最終更新日:2020年3月11日

最新調査成果が語る新潟市の歴史

展示の様子

ミニシンポジウムの様子

報告の部の様子

 令和2年2月23日(日曜)新潟市民プラザにて、新潟市遺跡発掘調査速報会2019「最新調査成果が語る新潟市の歴史」を開催し、のべ150名近くの市民の皆さまからご参加いただきました。
 午前は令和元年度に実施した発掘調査3件の調査成果について、各調査担当者による発表を行いました。午後はミニシンポジウム「縄文晩期の拠点集落 御井戸遺跡を探る」を開催しました。

新潟市遺跡発掘調査速報会2019プログラム
プログラム 題名 発表者
報告1 古津八幡山遺跡 明らかになってきた弥生時代の大形竪穴住居とその周辺

相田泰臣
(新潟市文化財センター)

報告2 道正遺跡 砂丘上に新しく発見された古代・古墳・縄文時代の遺跡

立木宏明
(新潟市文化財センター)

報告3 曽我墓所遺跡 阿賀野川沿いで見つかった古代の掘立柱建物と竪穴状遺構群

澤野慶子
(新潟市文化財センター)

ミニシンポジウム 縄文晩期の拠点集落 御井戸遺跡を探る  
1 御井戸集落の営み

前山精明
(新潟市文化財センター)

2 土器からみた御井戸遺跡

渡邊裕之
(新潟県教育庁文化行政課)

3 建物と柱から御井戸遺跡を考える

荒川隆史
(公財 新潟県埋蔵文化財調査事業団)

4 弥彦・角田山麓の縄文世界

寺崎裕助
(新潟県考古学会会長)

討論

1御井戸ムラの時代
2人びとの生活
3地域社会とその周辺世界

総合司会
石川日出志
(明治大学文学部教授)

当日の発表内容について

 当日の配布資料とスライドのデータ(著作権の関係で部分的に削除してあります)を以下からダウンロードできます。また、配布資料につきましては、残部がございますのでご希望の方は文化財センターにてお受け取り下さい。

※なお、ミニシンポジウム3「建物と柱から御井戸遺跡を考える」荒川隆史(公財 新潟県埋蔵文化財調査事業団)のスライドデータの公開はいたしません。

質問への回答

当日会場でお配りした質問用紙への回答を掲載いたします。

講演への質問(パネリストからの回答)
質問 回答
土器に真珠岩を混ぜる効用は何でしょうか。 流紋岩が変質してできた真珠岩は、1,000度以上に加熱すると発泡してパーライトに変化します。パーライトは断熱性や吸水性に優れ、現在は土壌の改良材として利用されています。真珠岩を含む土器の大半は煮炊き用の深鉢です。この土器の中で調理した食物は、断熱効果によって冷めにくくなるのかもしれません。今後、真珠岩を混ぜ合わせた土器を製作し、実験によって効用を確かめたいと考えています。
交流・交易はどのように行われていたのでしょうか。

縄文時代の遺跡から出土するヒスイや黒曜石などの資料によって、交流していたことは分かっていますが、詳細は明瞭ではありません。
例えば越後平野の周辺では、次のような二つのケースが考えられます。
1 集落間の往来
周辺の集落に直接出向くケース。遺跡から出土する粗製土器の中には、数は多くありませんが、他の集落で製作された可能性のある土器がみられます。これらは、滞在期間の炊事用に携えてきた可能性が高い土器です。
2 交易キャンプでの接触
交易活動の場として設営されたキャンプ地に各地の村人が集うケース。通年的に機能した場所ではなく、特定の期間に交易品や炊事用具を持参して集まります。このような遺跡から出土する土器は、複数の集落で製作されているため雑多です。また、キャンプ地には交易品の一部が残ります。新津丘陵西麓の大沢谷内遺跡は代表的な交易キャンプ地と考えられます。

材料・道具を入手した御井戸遺跡からの見返り品は何だったのか。

御井戸遺跡には様々なものが持ち込まれていますが、これらが(1)直接出向いて持ち帰ったもの、(2)物々交換で入手したもの、(3)贈与されたもの、のどれにあたるか判断するのは難しく、(2)の見返りについても特定は困難です。
縄文時代晩期の交易キャンプ地である大沢谷内遺跡から出土した遺物は、この問題を考える手がかりになりそうです。例えば、海産魚類エイの骨は、日本海を生活領域とした御井戸遺跡から持ち込まれた可能性が高く、漆が貯蔵された土器も御井戸遺跡とのかかわりが指摘できます。このほか、御井戸遺跡で製作された刳物類は、精製土器の優品などとの交換物になった可能性がありそうです。

掘立柱建物はどのくらいの積雪まで耐えられるのか。 多雪地帯に位置する旧朝日村元屋敷遺跡・長岡市藤橋遺跡・旧下田村藤平遺跡で掘立柱建物群が確認されています。どの程度の積雪量に耐えられるかというデータはありませんが、縄文人も雪おろしをしながら家を守っていたと考えられます。
縄文時代の新潟の積雪量はどのくらいか。

これについても具体的なデータはありませんが、御井戸遺跡が営まれた縄文時代晩期は現在より若干気温が低く、積雪量が多かったかもしれません。
現在の角田山麓は弥彦山麓に比べ積雪量が少なく、50センチメートル以上に達する年は稀です。御井戸遺跡が位置する福井地区は背後の山が低いため雪が少なく、縄文時代の頃も似た状況にあったと考えて差し支えないでしょう。

冬はどのように生活していたのでしょうか。 縄文時代の生業は四季の移り変わりとともに変化します。御井戸遺跡から出土した食料残渣(ざんさ)(ふるいにかけて見つかったもの)の中で冬季に利用された食べ物としてあげられるのは、サケ・シカ・イノシシ・カモ類です。狩りをする冬の食事には肉類がメニューに加わったと考えられます。
縄文時代終末期の寒冷化が与えた集落衰退への影響は?

御井戸遺跡から出土した種実の中には寒冷地に生育するハシバミが存在し、現在に比べ冷涼な気候であったことがうかがえます。しかし、晩期最終末に形成された捨場では大量のトチ・ドングリ・クリ・クルミの殻が出土し、食料の枯渇を招くような状況ではなかったようです。
御井戸遺跡を含む晩期社会の衰退化は、環境悪化以外の理由も考える必要があります。「渡来人との接触によって生じた感染症の蔓延」は充分考慮すべき要因と言えるでしょう。

トチのアク抜きはどのように行われたのでしょうか。

トチの実は御井戸遺跡の主食料となった種実で、大多数が打ち割られた状態で出土しています。土器全体の40~50%台を占める粗製深鉢はトチの煮沸に使用したと考えられます。
山村に伝わるトチのアク抜き作業では、ナラの木などで作った灰を合わせる工程が不可欠です。こうした技術が縄文時代にまで遡るかどうかは、今後の研究課題となります。

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