保存・活用のための古津八幡山遺跡の発掘調査について

最終更新日:2018年11月16日

新潟市文化財センターでは、平成29年度より史跡内外における古津八幡山遺跡の状況を把握することを目的とした確認調査を地権者様のご理解・ご協力のもと実施しています。

弥生時代の大形竪穴建物と当遺跡で初となる弥生時代の掘立柱建物を確認(平成30年度)

大形竪穴建物

独立棟持柱建物


 今年度の調査においては、当遺跡で最大の弥生時代の大形竪穴建物や、当遺跡で初となる弥生時代の掘立柱建物が確認されるなど、多くの重要な成果があがっています。
 大形竪穴建物は弥生時代の終わり頃(3世紀前半頃)のもので、1辺が約9.2メートルと当遺跡でこれまでに見つかっている竪穴建物のおよそ4倍の最大の建物となります。なお、弥生時代の竪穴建物としては県内においても最大級の規模です。
 また、当遺跡で初めて掘立柱建物が確認されました。1棟は、梁行約5メートル、桁行約6メートルで、近年柏崎市の西岩野遺跡で確認された建物と同様の独立棟持柱建物です。他にも掘立柱建物の柱の穴が多数検出されており、複数棟の掘立柱建物の存在が明らかとなりました。掘立柱建物の多くは弥生時代後期(1世紀から3世紀頃)のものと考えられます。

現地説明会

平成30年10月7日に予定していた現地説明会は、台風の影響により中止となりました。
当日配布予定だった資料を以下からダウンロードできます。

平成29年度の発掘調査

竪穴住居の写真

目的
史跡北東の史跡指定地外について、遺跡の内容を把握する。
調査方法
幅2メートル、長さ74メートルの調査区を設定し、立木を避けながら人力で掘り進めました。
主な調査成果
 柱の痕跡のある穴が16基見つかりました。地面に掘った穴に直接、柱を立てた掘立柱建物の柱穴と考えられます。調査区が狭いため、柱穴の組み合わせは復元できませんが、複数の掘立柱建物が存在したと推測できます。
多くの柱穴からは弥生時代後期後半の土器が出土したことから、この時期の建物と考えられます。
過去19回の発掘調査では掘立柱建物は見つかりませんでした。今回の発掘調査で見つかった掘立柱建物は、倉庫として機能していたのではないかと想定しています。
 一辺7メートル以上と推定される隅丸方形の竪穴住居が1棟見つかりました。竪穴住居は地面を掘りくぼめて、上に屋根をかけた半地下式です。時期は出土した土器から弥生時代の終わり頃と考えられます。古津八幡山遺跡で見つかっている竪穴住居の平均的な大きさは一辺5メートル位です。今回見つかった竪穴住居は最大規模となります。

現地説明会

現地説明会の様子の写真

平成29年11月4日(土曜)に古津八幡山遺跡発掘調査(第20次調査)の現地説明会を実施しました。
当日は雨模様の中、午前と午後合わせて60名の参加がありました。
参加者は調査を担当した文化財センター職員の説明を聞きながら、今年の調査で見つかった弥生時代の掘立柱建物の柱穴や竪穴住居を中心に熱心に見学や質問などをされていました。

当日配布した資料をご覧になれます

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※部署、施設によっては、開庁・開館の日・時間が異なるところがあります。

新潟市役所コールセンター 電話:025-243-4894 午前8時から午後9時
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