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新潟歴史年表

最終更新日:2016年4月1日

中世まで

近世

近代

現代

後期旧石器時代から古墳時代の新潟

後期旧石器時代から縄文時代

紀元前18000年

後期旧石器時代、新津丘陵に人々が石器を残す。

紀元前4000年

縄文時代前期、人々の生活の場が、越後平野の砂丘部に広がる。

弥生時代から古墳時代

1世紀から3世紀

弥生時代後期、新津丘陵に高地性集落の古津八幡山遺跡がつくられる。

4世紀

古墳時代前期、古津八幡山古墳・菖蒲塚古墳・緒立八幡神社古墳などが造られる。

6世紀半ば

信濃川・阿賀野川河口地域の豪族が高志深江国造(ヤマト政権の地方官)に任命される(「国造本紀」)。

647(大化3)年

ヤマト政権によって渟足柵が造られ、柵戸が置かれる(『日本書紀』)。

古代・中世の新潟

古代

7世紀末

越(高志)国が分割され、現市域の阿賀野川以北が越後国、以南が越中国の領域になる。

702(大宝2)年

蒲原郡(後の中蒲原・西蒲原郡ほか)などが、越中国から越後国に編入される。

8世紀

新津丘陵で鉄・須恵器の生産が始まり、角田山麓でも須恵器が生産される。的場・緒立遺跡でサケ漁が行われる。「沼垂城」が存在する(養老年間)。

927(延長5)年

蒲原津湊が『延喜式』に記される。

931年から938年(承平年間)

蒲原郡の郷名の日置・桜井・勇礼・青海・小伏、沼垂郡の郷名の足羽・賀地・沼垂が『和名抄』に記される。

1129(大治4)年

弥彦荘下条の僧・俊厳が経典を奉納する。

中世

1141(保延7)年

豊田荘が「越後国留守所下文」に記される。

1153(仁平3)年

小国頼行(源頼政の弟)が弥彦荘内石瀬の天神堂山に城を築いたという伝承がある。

1186(文治2)年

加地荘・青海荘が『吾妻鏡』に記される。

1335(建武2)年

小国氏ほかの南朝方と、加地氏ほかの北朝方による、蒲原津の争奪戦が始まる。

1336(建武3)年

金津保が「羽黒義成軍忠状」に記される。

1446(文安3)年

南英謙宗が石瀬に種月寺を創立する。

1520(永正17)年

「新潟」という地名が高野山清浄心院の「越後過去名簿」(過去帳・供養帳)に記される(新潟の初見)。

1582(天正10)年

新発田重家が新潟津を占領し、上杉景勝との抗争が始まる。

1586(天正14)年

上杉景勝が新潟・沼垂町を制圧する。翌年、新発田重家を滅ぼし越後を統一する。

近世の新潟

近世前期

1598(慶長3)年

上杉景勝が会津に移り、新潟市域の信濃川以西の大半が春日山城主堀秀治領、以東の大半が新発田藩主溝口秀勝領になる。

1610(慶長15)年

新潟市域の堀領が松平忠輝領になる。沢海領(新発田藩の支藩)ができる(1687年廃藩)。

1616(元和2)年

松平忠輝領が細分され、その多くと新潟湊は堀直竒(長岡藩)領になる。

1617(元和3)年

堀直竒が新潟町へ新町・材木町・洲崎町の町建てを命じる。真柄仁兵衛が柄目木(新津油田)の草水油の採掘権を新発田藩から得る。

1618(元和4)年

新潟市域の堀直竒領が牧野忠成(長岡藩)領になる。

1624年から1644年(寛永年間)

平野部の新田開発が飛躍的に進み、多くの新田村が成立する。

1631(寛永8)年

加茂屋堀が決壊し、阿賀野川が信濃川に合流する。

1649(慶安2)年

笹川家が村上藩味方組の大庄屋に任命される。

1653(承応2)年

このころ、長岡藩が曽根に代官を置く。

1655(明暦元)年

新潟町が浜手から信濃川の中洲である寄居・白山島(現在地)に移転する。

17世紀中期

このころ、日本海側から下関・瀬戸内海を経て、大坂に至る西回り航路が整備される。

1680(延宝8)年

新潟町が沼垂町の造った堀の埋め立てを求め、翌年、幕府は新潟町の訴えを認める。

1684(貞享元)年

沼垂町が長嶺地内(現在地)に移転する。

1689(元禄2)年

白根の六斎市が始まる。

1694(元禄7)年

亀田の六斎市が始まる。新津の六斎市はこれ以前の開設である。

1697(元禄10)年

新潟湊に入った船が3500隻ほどに達する。

近世中期

1704年から1711年(宝永年間)

小須戸の六斎市が始まる。

1713(正徳3)年

この年、岩室温泉の営業が公認されたと伝えられる。

1727(享保12)年

幕府が沼垂町への回船(商船)の寄港を禁じ、新潟町が港の利権を独占する。

1729(享保14)年

福島潟の干拓が始まる。

1730(享保15)年

松ヶ崎堀割が造られる(翌年に決壊して、阿賀野川本流になる)。

1751年から1764年(宝暦年間)

このころ、新潟町の砂防工事、砂防植林が始まる。葛塚・酒屋・大野・新飯田・曽根・漆山・巻の六斎市が始まる。

1768(明和5)年

新潟町で長岡藩の御用金賦課に対する一揆が起こり、涌井藤四郎ら町人が2か月間にわたって町政を掌握する。

近世後期

1820(文政3)年

三潟(田潟・大潟・鎧潟)から水を抜く内野新川が完成する。

1833(天保4)年

山形県沖を震源とする地震の発生に伴い、日本海沿岸を津波が襲う。

1836(天保7)年

薩摩船による新潟町を舞台とした唐物の抜荷(密輸)を幕府が摘発する。

1843(天保14)年

新潟町が長岡藩領から幕府領となり(新潟上知)、川村修就が初代新潟奉行として赴任する。

1858(安政5)年

アメリカなど五か国との修好通商条約で、新潟が開港場の一つに挙げられる。

1859(安政6)年

ロシア船・オランダ船・イギリス船が新潟湊の調査に訪れる。

1863(文久3)年

三根山藩(長岡藩の支藩)が開藩する。

1868(慶応4)年

1月、戊辰戦争が始まる。7月、新政府軍が新潟町を制圧し、新潟民政局を置く。

近代の新潟

明治時代前期

1868(明治元)年

新政府が新潟を開港する(明治元年11月19日が西暦1869年1月1日)。

1869(明治2)年

新潟運上所(後の新潟税関)が開設される。亀田郷の農民が関屋に結集し、分水路を開削しようとする。

1870(明治3)年

政府が水原県を廃して新潟県を設置し、新潟町に県庁を置く。三根山藩が長岡藩に救援米百俵を贈る。

1871(明治4)年

廃藩置県により市域に新発田県・峰岡県(旧三根山藩)が置かれ、さらに府県統合により新潟県に統合される。

1872(明治5)年

大河津分水工事の地元負担に反対する信濃川流域の農民が一揆を起こす。楠本正隆が新潟県令として着任し、開化政策を推し進める。

1873(明治6)年

新潟遊園(後の白山公園)が開園する。

1874(明治7)年

第四国立銀行開業。新潟川汽船会社が新潟―長岡間に蒸気船を運航する。

1875(明治8)年

阿賀野川に横雲橋(長さ約310メートル)が架けられる。

1877(明治10)年

『新潟新聞』刊行開始。

1879(明治12)年

新潟町・沼垂町でコレラ騒動。郡区町村編制法が実施され、新潟区に新潟区役所、新津村に中蒲原郡役所、巻村に西蒲原郡役所が置かれる。

1880(明治13)年

新潟町で町の半分が焼ける大火。

1881(明治14)年

西堀通に新潟区役所(後の初代新潟市役所)庁舎が落成する。

1883(明治16)年

県会議事堂(現在の県政記念館)が建てられる。

1885(明治18)年

阿賀野川に泰平橋(約510メートル)が架けられる。

1886(明治19)年

初代萬代橋(木橋、長さ約782メートル)が完成する。

明治時代後期

1889(明治22)年

市制・町村制が施行され、現市域に1市(新潟)・5町(沼垂・新津・白根・亀田・小須戸)・118村ができる。小倉幸光が初代新潟市長に就任する。伏見半七らが新潟―ウラジオストクとの直航貿易を行い、北洋漁業の発端となる。

1891(明治24)年

新鼻新田と大月(北区)で、動力排水機場が導入される。

1895(明治28)年

日本石油会社が付属新潟鉄工所を設立する。

1896(明治29)年

横田切れ、木津切れと呼ばれる大洪水が起こり、蒲原全域が被害を受ける。

1897(明治30)年

北越鉄道(現信越線)の沼垂-一ノ木戸(三条市)間が開通する(1904年、新潟駅に延伸)。

1898(明治31)年

火力発電の開始によって、新潟で初めて電灯がともる。

1899(明治32)年

日本石油が新津油田で機械掘による採掘に成功し、新津油田が全盛期を迎える。

1901(明治34)年

新潟県主導の市町村合併で、現市域が1市・6町(葛塚ほか)・61村になる。

1907(明治40)年

越佐汽船会社が新潟―ウラジオストク航路を開設する。

1908(明治41)年

新潟市で2度の大火(3月と9月)、初代萬代橋が焼失する。

1909(明治42)年

2代目萬代橋が完成する。新潟県の北洋漁業家が露領沿海州水産組合新潟支部を結成する。

1910(明治43)年

新潟医学専門学校開学。新潟市で上水道竣工、給水を開始する。

1911(明治44)年

2代目市役所庁舎が完成する。

大正時代

1912(大正元)年

越後鉄道(現越後線)の白山-吉田間が開通する。

1914(大正3)年

沼垂町と合併する。市内初の常設の活動写真館が開業。

1917(大正6)年

亀田郷で大洪水が起こる(曽川切れ)。

1918(大正7)年

新潟市で米騒動。

1919(大正8)年

石山村馬越・鴉又の一部を編入する。

1922(大正11)年

新潟市街自動車が新潟市内で路線バス営業を始める。大河津分水が通水する。

1924(大正13)年

沢海の伊藤家の所有地が1346町歩(約1335ヘクタール)になる。

1925(大正14)年

新潟都市計画区域が認可される。

1926(大正15)年

新潟港の県営埠頭が完成する。木崎村の小作争議で、農民組合と警官隊が衝突する(久平橋事件)。

昭和時代前期

1929(昭和4)年

信濃川両岸の埋め立て工事が始まる。3代目萬代橋が完成。

1930(昭和5)年

市営新潟飛行場(現新潟空港)の使用が開始される。

1931(昭和6)年

昭和橋完成。上越線全線開通。ラジオ本放送開始(NHK新潟放送局)。

1933(昭和8) 年

2代目市役所庁舎焼失、商工奨励館を仮庁舎にする。新潟電鉄(県庁前-燕)全線開通。阿賀野川改修工事が竣工。

1935(昭和10)年

新潟西海岸の海岸決壊が問題になる。日本海汽船の新潟―北朝鮮航路が政府命令航路に指定される。樋曽山隧道(矢川の放水路)が通水する。

1938(昭和13)年

新潟港が満州開拓移民の出発港に指定される。新潟市公会堂が完成する。

1940(昭和15)年

新潟鮮魚問屋が柳島に移転して新潟中央水産市場になる。

1942(昭和17)年

3代目市役所庁舎が完成、仮庁舎より移転する。

1943(昭和18)年

大形村・石山村・鳥屋野村と合併する。

1945(昭和20)年

5月、アメリカ軍の爆撃機による新潟港への機雷投下が始まり、港が封鎖される。新潟が原爆投下目標の一つとなる。8月、アメリカ軍の艦載機による空襲で多くの人が亡くなる。

現代の新潟

昭和20年代

1945(昭和20)年

新潟市に進駐したアメリカ軍が、市公会堂に師団司令部を置く。

1946(昭和21)年

七代伊藤文吉が財団法人史蹟文化振興会を設立、自邸を博物館とする(戦後初の私立博物館、昭和24年に「北方文化博物館」と名称変更)。

1947(昭和22)年

新潟交通が天然ガス井戸の掘削に成功し、以後ガス井戸の掘削が相次ぐ。

1948(昭和23)年

栗ノ木排水機場の運転が始まる。以後、新井郷川に大規模排水機場が作られる。

1949(昭和24)年

新潟大学が開学する。

1950(昭和25)年

弥彦・角田山周辺が佐渡弥彦国定公園に指定される。

1951(昭和26)年

會津八一、澤田敬義、荻野久作の各氏が新潟市名誉市民に推される。泰平橋完成。土地改良区が設立され、低湿地の土地改良事業が始まる。

1952(昭和27)年

新潟港の機雷掃海が終わり、港の安全宣言が出される。戦後初の外国船タンカーが入港する。

1954(昭和29)年

松ヶ崎浜村・坂井輪村・濁川村・南浜村と合併する。

昭和30年代

1955(昭和30)年

新潟大火で市役所をはじめ、中心市街地の多くの建物が焼失。市街地の堀の埋め立てが本格化。

1956(昭和31)年

地盤沈下による浸水が起こる。白新線全線開通。

1957(昭和32)年

両川村・曽野木村・大江山村と合併する。

1958(昭和33)年

アメリカ軍が新潟飛行場を返還。新潟駅が移転し、現新潟駅が開業する。4代目市役所庁舎完成。テレビ本放送開始(NHK新潟放送局、ラジオ新潟)。

1959(昭和34)年

地盤沈下対策として天然ガスの採取規制が始まる。新潟港を出発港とする北朝鮮帰還者の帰還事業が始まる。

1960(昭和35)年

内野町と合併する。

1961(昭和36)年

中野小屋村・赤塚村と合併する。「新市町村建設促進法」による市町村合併が終わり、現市域が3市・5町・7村になる。

1962(昭和37)年

八千代橋が完成する。

1963(昭和38)年

新潟地区新産業都市計画が閣議決定(翌年、関係21市町村指定)。

1964(昭和39)年

船見下水処理場操業開始。国体に向けた整備のため、市街地の堀がすべて埋め立てられる。第19回国民体育大会(新潟国体)が開催される。新潟地震発生(マグニチュード7.5)。

昭和40年代

1965(昭和40)年

アメリカ・ガルベストン、ソ連(現ロシア)・ハバロフスク両市と姉妹都市宣言を行う。阿賀野川流域で有機水銀中毒(新潟水俣病)が発生したと発表される。

1966(昭和41)年

鎧潟の干陸式が挙行される。

1967(昭和42)年

新潟港が特定重要港湾に指定される。県民会館完成。

1968(昭和43)年

親松排水機場が運転を開始する。

1969(昭和44)年

大規模郊外団地の県営早通団地(北区)の入居が始まる。旧新潟税関庁舎が国の重要文化財に指定される。新潟東港が開港する。

1970(昭和45)年

米の生産調整(減反)が始まる。翌年、福島潟の干陸式が挙行される。

1971(昭和46)年

新潟市公害防止条例が施行される。「ジュリアナ号」が座礁し、大量の原油が流出する。

1972(昭和47)年

関屋分水路通水。

1973(昭和48)年

新潟空港初の国際定期航空路、新潟-ハバロフスク線開設。新潟市民病院開院。新潟バイパス・亀田バイパスが開通する。万代シティバスセンタービル・ダイエー新潟店開店。

昭和50年代

1976(昭和51)年

西堀ローサ・西堀地下駐車場開業。福島潟干拓地で、稲の作付けを要求する農民が強行作付を行う。

1978(昭和53)年

北陸自動車道・新潟-長岡間が開通する(1988、米原まで開通する)。

1979(昭和54)年

中国ハルビン市と友好都市宣言を行う。

1980(昭和55)年

中部下水処理場・信濃川下流流域下水道新潟浄化センターが運転を開始。

1981(昭和56)年

万代島のフェリー基地が完成する。

1982(昭和57)年

上越新幹線・新潟-大宮間が開通する(1985上野まで、1991東京まで開通する)。

昭和60年代

1985(昭和60)年

県庁が新光町に移転する。関越自動車道が全線開通する。千歳大橋が開通する。

1986(昭和61)年

鳥屋野潟公園が開園する。第1回日本海夕日コンサートが開催される。

1987(昭和62)年

昭和大橋とJR越後線鉄橋間の信濃川左岸にやすらぎ堤ができる。

1988(昭和63)年

第9回アジア卓球選手権大会が開催される。

平成元年から9年

1989(平成元)年

新潟市制100周年、「市民憲章」「市の木(柳)」「市の花(チューリップ)」を制定。5代目市役所庁舎(現在の本庁舎)が完成する。

1990(平成2)年

新潟市水族館マリンピア日本海開館。

1993(平成5)年

NEXT21が開館、新潟市民プラザがオープンする。平成大橋が完成する。

1994(平成6)年

磐越自動車道・新潟-安田間が開通する(1997、全線開通)。

1995(平成7)年

新潟港が中核国際港湾に位置づけられる。

1996(平成8)年

中核市に移行する。佐潟がラムサール条約の登録湿地に認定される。新潟空港2500m滑走路が完成。

平成10年代

1998(平成10)年

新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)が開館する。

2001(平成13)年

黒埼町と合併する。新潟スタジアム(ビッグスワン)が完成。

2002(平成14)年

柳都大橋・新潟みなとトンネル同時開通。2002FIFAワールドカップTM開催(ビッグスワンで試合)。

2003(平成15)年

朱鷺メッセがオープンする。東北電力が巻原子力発電所の建設を断念する。

2004(平成16)年

新潟市歴史博物館(みなとぴあ)開館。新潟県中越地震が発生する。

2005(平成17)年

新津市、白根市、豊栄市、小須戸町、横越町、亀田町、岩室村、西川町、味方村、潟東村、月潟村、中之口村、巻町と合併する。

2006(平成18)年

市役所白山浦庁舎が開庁する。

2007(平成19)年

政令指定都市に移行し、北・東・中央・江南・秋葉・南・西・西蒲の8区役所が開所する。北京事務所開設(自治体単独では全国初)。新潟県中越沖地震が発生する。中央図書館(ほんぽーと)開館、新市民病院開院。

平成20年代

2008(平成20)年

G8労働大臣会合が市内で開催される。

2009(平成21)年

市総合保健医療センターが開設される。フランス・ナント市と姉妹都市提携する。第1回水と土の芸術祭・第64回国民体育大会(トキめき新潟国体)・第9回全国障害者スポーツ大会(トキめき新潟大会)が開催される。

2010(平成22)年

第1回ラ・フォル・ジュルネ新潟『熱狂の日』音楽祭が開催される。APEC(アジア太平洋経済協力)食料安全保障担当大臣会合が市内で開催される。

2011(平成23)年

東日本大震災が発生する。新潟・福島豪雨で市内で浸水被害が発生する。東区役所新庁舎・食育花育センターがオープンする。新潟港が国際拠点港湾となる。日本海横断航路(新潟-ザルビノ間)が開設される。

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問い合わせ先

新潟市 歴史文化課 歴史資料整備担当

〒951-8550 新潟市中央区学校町通1番町602番地1(白山浦庁舎1号棟1階)
電話:025-226-2584 FAX:025-230-0412 電子メールアドレス:rekishi@city.niigata.lg.jp

このページの作成担当

文化スポーツ部 歴史文化課
〒951-8550 新潟市中央区学校町通1番町602番地1(白山浦庁舎1号棟1階)
文化財、歴史文化施設に関すること 電話:025-226-2575 FAX:025-230-0412
史跡、埋蔵文化財に関すること 電話:025-226-2580 FAX:025-230-0412
歴史資料、市史に関すること 電話:025-226-2584 FAX:025-230-0412
新津鉄道資料館に関すること 電話:0250-24-5700 FAX:0250-25-7808

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