石油の世界館オーディオガイド

 
 
 

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石油蒸留釜展示

 石油蒸留釜 ランビキ

展示されているものは蒸留釜の上の部分です。全体の様子は掲示した図を見てください。



手彫りの道具展示

 手堀りの世界

手掘り井戸は、坑夫1人が命綱をつけ穴の中に入り、酸欠、地下水やガスの湧出、坑壁崩壊の危険を伴う命がけの作業でした。



たたらと風トヨのイラスト

 たたらと風トヨ

手掘り井戸の掘削作業や採油をしている時には、絶えず新鮮な空気を送り込まなければいけません。そのためには“たたらと風トヨ”は、なくてはならない設備でした。



油船の模型展示

油船模型

以前の能代川に近い柄目木、熊沢、小口などの鉱場からの原油の運搬に「油船」が使われました。



模型の展示

 綱式機械掘りの模型

明治36年、金津鉱場にも綱式機械掘りが導入され、1,500mの掘削が可能になり、産油量が飛躍的に増加しました。



上総堀りの道具を展示

 上総堀りの世界

上総掘りに使用した掘り鉄管、ヘネ止めなど上総掘り用工具類などを展示しています。



昔の暮らしの道具展示

 石油と暮らし

明治43年頃の石油景気では、次々と会社が設立され、採油業者や抗夫が増え、石油に関係ない住民はいないというほどになりました。



誘蛾灯の展示

 誘蛾灯と、くそうず竹筒

田植えが終わると苗に害虫がつき、生育を妨げます。畔のところどころに杭木の上に板をはり、トタンの容器に石油を入れます。そのなかに布芯を取り付けて、夕方から朝にかけて灯をつけて蛾を駆除しました。



機械掘りの道具展示

機械掘りの世界

わが国では明治24年、尼瀬油田ではじめて綱式機械掘りに成功し、東山油田でも導入されました。新津油田では明治32年に熊沢鉱場で最初に成功し、日産21KL余りの大噴油でした。



大正末期の金津鉱場のジオラマ

 ジオラマ展示 1/150スケール
大正末期の金津鉱場の中心部と中野邸

中野邸からみた大正末期の金津鉱場の中心部のジオラマです。中野邸の庭園「泉恵園」は広さ約4万㎡で、もみじが約2千本植えられ、春の新緑、秋の紅葉の色合いの美しさはわが国有数と言われています。赤矢印の所に現在「石油の世界館」の建物があります。