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第10回安吾賞受賞者

佐藤優

選評

不可視の中の真実

神学・哲学・歴史の研究から外務官僚、逮捕、獄中体験、そして著作家へと激しい人生の変転は、氏の叡智を深めることになった。月に300冊とも言う膨大な読書量がさらに知見を高め、不断の情報収集を可能にし、混迷を極める内外の社会問題に烈しく切り込んでいく。
 目に見えにくい、あるいは巧妙に隠された真実を読み解く力こそが本当の知性、教養に違いない。その成果を惜しげもなく表明し世に問い続ける姿は、本物のインテリジェンスの稀有な体現者と言える。  

その姿と生きざまに賛辞と、さらなる闘いを期待し、第10回安吾賞を贈ります。

本人コメント

坂口安吾賞受賞の話を聞いたとき、私は、驚くとともにとても嬉しく思いました。今まであまり話したことがないのですが、私は安吾の『桜の森の満開の下』から強い影響を受けているからです。安吾の「大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。(中略)桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです」という言葉が、人生の節目節目で、私の頭の中によみがえってきます。

1991年12月にソ連が崩壊して、自由、民主主義、市場経済が普遍的な価値として定着することになると、ロシア人が未来を夢見ていたときも、私は、この一見自由な社会も、そう遠くない将来に怖ろしい景色になると思っていました。ある時期、私は北方領土問題の解決に文字通り命を賭けて取り組んでました。ただし、このときにもいずれ怖ろしいことが起きると予感していました。安吾の文章には、人間の深層心理を揺さぶる独自の力があります。それは、安吾のリアリズムに起因するのだと思います。ここで言うリアリズムとは、近代よりも前の人々をとらえていた目には見えないが確実に存在する事柄をとらえる力です。この力を備えた安吾は、自らが考えている事柄を、できるだけ正確に文章にするという「不可能の可能性」に取り組んでいました。特捜事件に巻き込まれたことをきっかけに私は職業作家になりました。この世界に10年足をかけていますが、まだまだ自分で考えている事柄を正確に表現する力が足りません。安吾に学び、私も真のリアリズムを体得したいと思っています。(2015年12月8日記)

プロフィール

作家・元外務省主任分析官。
 1960年、東京都生まれ。埼玉県大宮市(当時)で高校卒業まで育つ。県立浦和高校卒業後、同志社大学神学部に進学。同大学院神学研究科修了。在学中は組織神学、無神論について学ぶ。85年外務省入省。在ロシア連邦日本国大使館勤務等を経て、本省国際情報局分析第一課主任分析官として、対ロシア外交の最前線で活躍。また、外交官としての勤務のかたわら、モスクワ国立大学哲学部の宗教史宗教哲学科の講師(弁証法神学)や東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)も務めた。

 2002年、背任と偽計業務妨害罪容疑で東京地検特捜部に逮捕、起訴され、以後東京拘置所に512日間勾留される。05年に執行猶予付き有罪判決。09年6月に最高裁で上告棄却、執行猶予付き有罪確定で外務省を失職。13年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。

 05年に発表した『国家の罠』(新潮文庫)で第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。翌06年には『自壊する帝国』(新潮文庫)で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『獄中記』(岩波現代文庫)、『宗教改革の物語』『危機を克服する教養』(角川書店)など著書多数。

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